オランダでは一気に秋が深まり、もうすぐ厳しい冬の寒さに到達するところです。皆さま、いかがお過ごしでしょうか。
ちょうどひと月前の10月28日、頬に刺さるような冷たさの風を感じながら、ユトレヒトへ出かけました。東京からはるばる訪ねて来てくれたチェロ仲間の友人と市内のミュージアムを軽く観光した後、ベトナム料理のKimmadestreetfoodにて昼食。ここまではごく普通の日曜日の過ごし方なのですが、午後にはちょっと変わったコンサートのチケットを押さえてありました。
プログラムはオール・ショスタコーヴィチ。しかも、弦楽四重奏曲の最後の3曲の連続演奏です。
英訳すれば「All Shostakovich in one weekend」という題のシリーズ最終回で、演奏は知る人ぞ知る凄腕の弦楽四重奏団ダネル・クァルテット(Quatuor Danel)でした。
会場は、駅からすぐのコンサートホール「Tivolivredenburg」。長いエスカレーターを2つ上ったところに室内楽向きの小さなホールHertzがあります。
このショスタコーヴィチ全曲シリーズは、金曜の夜に第1から3番、土曜の午後に第4から6番で同日の夜に第7から9番、明けて日曜の午前中に第10から12番、そして今回のコンサートでの第13から15番という流れで全曲が演奏されました。

コンサートの始めと休憩後には、このシリーズの企画者らしき男性がオランダ語でスライドで映像を見せながら、レクチャーを行いました。レクチャーと非常に充実した10ページびっしりのコンサートプログラムは残念ながらオランダ語でしたが、映像の一部には英語の字幕がついていました。
1961年にソ連で発射れたロケットに乗って。人類として初めて宇宙へ旅した宇宙飛行士ユーリ・ガガーリン(Yuri Gagarin)とショスタコーヴィチの親交の深さ、そして「宇宙に最初に届いた音楽は、ガガーリンが宇宙船の中で歌ったショスタコーヴィチの音楽だった」ということ。ちなみに、ショスタコーヴィチの弦楽四重奏曲第13番が作曲されたのは1969年以降です。
開演20分前にホールに入ると、10人くらいしか客席に人がおらず、ちょっと不安に。係のお兄さんにチケットを見せると、「3階席は締め切ることにしたから、1階に座ってください」と新しいチケットをくれました。こんなことは初めてでした。開演時には辛うじて全体の5割ほどの席は埋まっていましたが……。

第13番、第14番を続けて演奏し、休憩を挟んで第15番が演奏されました。聴く方にも体力が要るプログラムですが、ダネル・クァルテットは緻密に組み上げられたハーモニー、叫ぶような擦音の混じる表現、圧倒的な集中力の高さで、聴衆の目と耳を引き付けて離しません。第14番、そしてソリスティックな部分の美しい第15番はもう一度聞きたいと強く思わせるような魅力的な演奏でした。
今回、第13番のヴィオラのソロの美しさにも気づかされました。ダネル・クァルテットのヴィオリストさんはふさふさの髪の毛が個性的ですが、音色も独特で説得力抜群。その弾き始めは話の「語り口」とでも喩えられるような、聴衆を引き込む力がありました。こちらの第13番はヴィオラ独奏とオーケストラのための作品として編曲され、ユーリ・バシュメットが録音しています(YouTubeでも聴けます)。
第15番を無事弾き終えたダネル・クァルテットに、聴衆は熱狂的なスタンディングオーベーションで応えました。
全曲制覇した人はこの中にどれほどいたのでしょうか。一部だけでも聴きごたえ十分なこのコンサート。シリーズを通して聴いたのなら、相当に濃厚なショスタコーヴィチの世界を体験できたのでは…と想像しながら帰路につきました。
◆Quatuor Danelについて調べる → http://www.quatuordanel.eu/
text and photo / Mako Yasuda